135002 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

追憶

追憶

「初恋の記憶 4」

 次の日からまた、普通どおりの授業や部活が始まった。 島はますます授業中上浦を見ることが多くなり二人はよく目が合った。
数日後の文化祭、弁論大会は全校生徒とその父兄、全校の先生が体育館兼講堂に集まって行われた。1年生の発表者から順に壇上でスピーチをする。島のテーマは「人間と欲について」 などという難しいものである。
「黒住教の教祖は、不治の病になったとき、もっと生きたいという欲を捨てて、死の淵から生還したそうだ。自分の欲を捨て、執着をすてることで、自分のことより人につくそうという平和が実現できる。 しかし、一方で不便さをもっとよくしたい、楽をしたい、楽しいことをしたい、という願望が新しい技術や発明を生み、人類の発展の原動力になってきた面もある。欲望は争いのもとでもあり、進歩発展のもとでもある諸刃の剣だ。私は、欲望は人間として自然に生じるものだが、世の中の発展や他人のために何ができるか、ということをもっと念頭において、行動し、将来もそのことを常に考えていきたい。」
要約すると、そういったような内容だった。普段無邪気な島からは似つかないような真剣な内容に皆驚いた様子で聞いたようだった。島がC組のところに戻ると、周りのものが褒め称えた。上浦を見ると、少し離れた所だったが目で合図して微笑んでいた。 それから、各クラスの合唱などをやっている間に、先生と父兄代表の合計で決まる採点が行われた。B組に常に学年トップの成績を取っている万能の神坂という女子がいて、1年では島と神坂が同点優勝となった。表彰が行われ、島も表彰状を受け取った。
 C組の教室に帰る途中で水沼らが追いついて「やったね」 といった。「おめでとう」 宮本が言った。
その中に上浦もいた。島が彼女が気になって見ると、宮本の横で、小さくVサインをしていた。島と目が合うとにこりとした。
島は優勝したのには嬉しかったが、同じクラスにも表彰されなかった人もいることを考えると、それほどはしゃぐ気にはなれなかった。上浦もなにも言わないのにはそういう気遣いをしているのだろう、と島は彼女のやさしさを思った。そういう気遣いが自然にできる子だ。と。

 その日の帰り、島はついに水沼に上浦のことを打ち明けた。体育祭の前に彼女の夢を見たこと。それ以来彼女が気になってしょうがないことを話した。水沼は全部聞いてから、
「カズちゃんが、上浦を好きなことぐらい、日ごろの態度でわかっとるよ。」 
と言った。
島はそんなもんか、と思った。
「たぶん上浦もカズを。 おまえら、最近よく見合ってるだろ」
「気付いてた?」 
島は見透かされていると思った。
「で、どうしたいの?」 
水沼が急かすように聞いた。
「どうって?」
「だから、上浦に告白するん?」
「う~ん。 でもなあ~。」
「なに悩んでるん。今が押しどきだって。 なんなら僕が伝えようか。」
島は、そうしてもらおうか、とも思った。しかしかえって彼女は迷惑に思うかもしれないとも思えた。
「いいよ。 もう少し様子をみて、言うときは直接言うから」
 と言ったが、直接言う勇気はなかった。
「でも、カズ、上浦のどこがいいんかな。 僕は宮本のほうがいいと思うけど。」
「そうなんか。洋平は宮本だったんか」 
島は初めて知ったとばかりに言った。だが、前にもそういうことを聞いたようにも思えた。
「ははは。僕はどっちかというと宮本じゃな」 
「ふ~ん。 で、どうするつもり?」
「よし、塾の後で、上浦と宮本の家を探検に行こう。美杉地区探検隊結成じゃ。」
「はあっ? 探検隊? いいけど。何するん?」
「まずは家を見にいく。」 
「――――」
「もし親とかにあったら 『入って、入って』 ということになるかもしれない」
「そんなもんかな?」
 島は半信半疑だったが、他にいい手もないので、妙に積極的な水沼に従うことにした。
次の日が日曜日で、塾があった。二人は、塾が終わると、上浦と宮本がしばらく話しをしてから別れて帰るのを待った。
「よし、まず上浦だ」
と水沼は上浦が帰り出す方向に、少し離れてつけていき始めた。島も水沼に従った。 塾の裏が坂道になっていて、上に登っていく。障害物があるわけではないので、上浦が振り返れば二人が丸見えである。
「大丈夫、洋平? すぐ見つかるよ。」 
島が言っても水沼は、大丈夫。 と意に介せない様子でつけて行く。
しばらくいったところで、案の定上浦に見つかった。彼女は振り返ると、島たちが追いつくのを待って、
「何か用事?」 
と不思議そうに聞いた。
「いや、何でもないけど、このあたりを探検してるとこ」 
と水沼。
「探検?」
「うん。カズがウラちゃんの家を見たいっていうから。」
「あのな~。洋平! おまえがーー」
島は水沼を引っぱって閉口した。その様子を上浦が笑いながら、
「私の家?」
「だから、僕じゃなくて、――。」
「いいよ、案内してあげる。」 
彼女は微笑みながら言った。
「それみろ、カズ、よかったな」 
「洋平! おこるぞ」
島は水沼に感謝しながらも、閉口した。
「このあたりだけ家がなくて、畑になっていて、ちょっといくと神社があるから、夜は怖いのよ。」
上浦が説明した。畑には、芋や、大根や、ピーマンなどの野菜が収獲どきを迎えているようだった。そのとき、彼女の顔見知りの人が通りかかり、日の光りに照らされている彼女を眩しそうに見ながら、
「あら、彰子ちゃんじゃない。まあ、もう中学生になったのねえ」
と言いながら通り過ぎた。 彼女は軽く会釈をして、挨拶した。 その仕草がかわいいと思った。
「彰子ちゃんじゃない、大きくなって」 
と水沼が、まねをしておどけて言うと、上浦が笑った。
「じゃ、まず神社まで言ってみようよ、しょうこちゃん」 
と水沼が言い、先にたって歩き出した。その後を島と上浦が、水沼の態度を疑わしそうに見ながら歩いた。
10月中ばといってもまだ日中は暑いくらいだった。彼女は夏とかわらないくらい軽装で、半そでのブラウスに、ひざ上の短めのジーンズのスカートで、いつものように元気でいくぶん子供っぽく、かわいく島には思えた。
「なんで、今日、探検なの?」
彼女はまだ不思議そうに島に聞いた。
「え? いや、 洋平がーー。」
島はどう答えていいか面食らった。
水沼はどんどん先に行って、もう神社まで着こうとしていた。二人は急いで後を追った。
「なんで急いでるの?」
彼女は、何か企んででもいるのを疑うように水沼に言った。水沼はそれには答えず。
「それほど、大きくない神社じゃな。」
とあたりを見回した。
境内に入ると、きれいに手入れされていて、広葉樹が神社を取り囲んでいる。まだ紅葉はもう少し先のようだった。島もあたりを見回しながら、小学生のころ、よく裏山や畑で、柿の木に登ったり、どんぐりでコマをつくったり、杉の実で杉でっぽうを作って遊んだりしたこと思い出した。よく見ると杉の木もあるようだ。
「ここでよく遊んでた?」
島が聞くと、
「小さいころ上級生やお兄ちゃんとよく遊んだけど、5、6年ではあまり遊ばなくなった。
 ここの地区は私一人だもん。」
「ああ、美杉のコって、少ないもんね」
「でも、ミヤ(宮本)たちとは、いろんなところで遊んでたよ」
「どんなことして?」
「温泉や、ビーだまや、氷おにとか、おにごっことかもだけど」
「男子もいっしょに?」 
「たまに」
「カズちゃんは? どんなことしてた?」
島は、小学生のころ島の磯山地区で、“子供大帝国”というのを、近くの神社を本拠地にして作って、その大元帥になって、いろんな遊びをしたことを思い出していた。それは今C組にいる府中の番長格の安木が作り、島を大元帥に担ぎ上げたのだった。もちろん水沼も元帥になっていて、下級生も連れ立って、いろんな遊びをした。ほんの去年までのことである。
「ぼくは、―― あれ? 洋平、何所行った?」 
気づくと水沼の姿が見当たらない。
「あいつ、――なんか企んでる」
島が言うと、彼女も水沼が二人をくっつけようとしているのに気がついた様子だったが、二人ともそのことには触れなかった。
水沼の“企み”で二人きりになったことに、島は、喜びと、しかしちょっとした不安も感じた。それから、島はその子供大帝国のことをいろいろ上浦に話した。
「ふ~ん。 いいよね。いろんな友だちがいて。 カズちゃん人気あるから」
「そんなことないって。僕は安木とかにはいじめられていたんだから。 いまでもそうだし。」
「そんなふうには見えないけど。 美杉のいじめってすごかったよ」
「聞いたことある。 それで一人、学区外だけど特別に隣の中学に行ったって」
「そうそう。 山本君て秀才だったコ。」
「ふ~ん。秀才だったんだ。」
「うん。 でもカズちゃんとはだいぶんタイプがちがうな」
島は、どう違って、彼女の好みはどうなのか、聞こうかと思った。そうすると一機に告白する方向にいけるかもしれない。
もしかして、水沼はそういう場を作ってくれようとしたのか。 とも思った。 しかし、それ以上聞くのは躊躇してしまった。
「洋平くん、戻ってこないね、 ちょっと座る? こっちに石段あるから。」
彼女は島を連れて行って、大きな石段に座ろうとした。
「大丈夫? それ、汚れない?」 
と聞くと彼女は気にしないふりで、普段着だから大丈夫と、さっさとすわってしまった。
それで、島も彼女の隣に、すこし間をあけて座った。
「今度、カズちゃんのその遊び場、行っていい?」
彼女は島がちょっとためらって座ったのを、微笑んで見ながら言った。
「いいよ、いつでも。 うちの家のまわりを探検させてあげるよ」
「ありがと」
島は文句なく嬉しかった。二人で話しができるとは思っても見なかったし、二人きりで隣に座って、しかも彼女から家に遊びに行きたいと言ってくれている。もし告白しても、すんなり受け入れてくれるかもしれない。そんな気がした。
「あ、それはそうと、改めて、昨日の弁論大会、おめでとう。」 
彼女は塾のときも少し言っていたが、また言った。
「うん、おかげさまで。」
「でも、すごいこと考えてるよね、カズちゃんは。」
「こう見えても、繊細なんですよ。」
「ふ~ん。 意外、意外。」
それから彼女は、黒住教の教祖の話はどうやって知ったのか、とか、テーマはいつどうやって決めたのか、何で「欲」について話そうとう思いついたのか、とかいろいろ弁論で話した内容のことを聞いた。水沼でもここまでは聞かなかった。いろんなことに興味を持っている熱心さが、また彼女のいいところだ、と思った。もしかしたら、自分に興味を持っているから聞いているのかもしれない、とも思えた。
その後、数学の図形のわからない問題がある、といって数学の教科書を広げる。 座っている位置が少しだけ間があったので、上浦は島のほうに寄りながら、教科書をみせた。 島は彼女が完全に並んですぐ側に座ってくる積極さにためらいながらも、その図形を落ちていた棒切れで土に描きながら、説明した。 彼女は、なるほど、と納得して感心しながら、
「何で、そういうふうに、わかるん? どういうところから考えてるの。」
などと尋ねた。
「何でって言われても。 図形の場合は、とにかく隠れているものや、既にわかっているところをどんどん探していってるうちに解答がわかることが多いけど。 クイズのようなもんだよ。」
「ふ~ん、クイズねえ。 そういえば、川辺君のあれ、どうしよう?」
「ああ、この前の、クイズ? まだ考えてないな。」
「何かいいのないかな? あのままじゃ、悔しいし。」
「はは、ウシは悪気はないんだけど、ちょっとぶっきらぼうなとこ、あるから。」
「何か考えて、お願い。」
島は、彼女のこちらを向いて必死に頼むふうな仕草がかわいいと思った。自分を頼ってくれるのに幸福を感じた。
「いいけど。 なんかあるかな。 今晩考えとく。 
あ、そうだ、弟に相談してみるか。 僕の弟もそういうの好きだから」
それから、弟のことや、小学校のときのいろんな話もした。
大分時間が経ったようだったが、まだ短いようにも感じられた。
しかし彼女が、
「洋平君、来ないね ちょっと探す?」
と立ち上がった。
島が「洋平! 洋平君!」と呼び、しばらく探していると、水沼は神社の反対側から現れた。
「洋平! なにやってんだよ」 
と叫ぶ島に、手招きした。島が近づくと、
「ちゃんと告白したか」
と尋ねた。
「いや、だから、告白はまだしないって。 いや、しようかとも思ったけど。」
と小声で話した。
「なんだ、せっかく二人を。」 
「ちょっとお二人さん、何?」 
上浦がもう側まで来たので、それ以上話さなかった。
「私の家、すぐそこだから。」 
と、上浦は言って、神社を過ぎたところで指差した。石垣のある大きな家だった。
「カズ、将来の家だから、よく見とけよ。」
と水沼が冷やかし始めた。島は水沼を叩くまねをして、
「僕は養子か。」 
と言うと、彼女がけらけらと笑った。
「養子でもよければ、どうぞ、 ついでに寄っていく?」 
と上浦が微妙なことを言った。
「いや、僕は遠慮しとくよ。 カズはお邪魔したら」
「もう夕方だし、洋平が帰るんなら帰る。また今度。」
「そう、じゃここで、 バイバイ」
 と彼女は家に向かった。島たちは、彼女が玄関まで行って、家に入る前に、二人のほうに向いて手を振って、もう一度あいさつをするまで見届けてから、帰路についた。
「どうだった、よかっただろ、来て。」
水沼が島に言った。
「よかったよ。感謝するよ。」
と言うと、さっそく水沼は、反省会だ、と言って、島と上浦が二人で話した内容を問いただした。
「おまえ、そこまで言っといて、告白しとけよ。」
「まあ、いいって。 何はともあれ、改めてかわいいと思った。 感謝する。」 
と島は言った。
「養子でもよければって どういう意味?」 
島はちょっと気になって聞いてみた。
「そりゃ、カズを自分の婿養子にしてもいいってことじゃないの。」
「ということは?」 
「上浦の告白かも知らんな。自分で確かめろよ。」
「―――」
「今度は宮本だからな、頼むよ。」
そういいながら、その日は別れた。


 体育祭と文化祭が終わると、もう中間テストが1週間後に迫っていた。
水沼の宮本宅の探検計画は、ちょっとの間延期であった。
島は、学校ではそれほど上浦と話す機会はなかった。部活は、彼女や宮本はバレー部だったし、クラスの活動は班が中心だが、班も別々だったからだ。ただ、それからも授業中はよく彼女と目が合った。
 中間試験の前は、部活がないので、放課後になると、男子の数人が島に、社会や理科のまとめやポイントをノートに書いてくれるように頼んだりしてくる。 島は面倒がらずに、ひとつひとつそれに答えていた。それが終わるのを待って、水沼が、
「カズちゃん、そこまでしなくても」
というと、いっしょに残っていた上浦と宮本も島の机まで来て、
 「ちょっとだけ、これ、どうだったけ?」 
と理科の問題を聞いた。
「あんたらまで、何頼ってるん!」 
水沼が呆れるように言った。
「ごめん、いっしょに帰りながらでもいいよ。」 
宮本が言った。島は簡単に説明して、
「じゃ、後は帰りながらね」 
と言った。 
四人は自転車で下校した。美杉地区は町内の東部のため、もっとも西の端にある中学への通学は、町内を東西に貫く県道の横の通学路を通る。島らの府中、磯山地区はその県道から、美杉に入る手前で、北にいったところだったが、普段の通学路は美杉地区とは違って、北側の山沿いの道と決められていた。しかし、本屋などによる場合は、県道のほうを通って帰ることもあった。この日も上浦たちに合わせて四人とも県道沿いを帰った。県道と川を隔てて反対側を通る通学路は自転車ニ台並ぶといっぱいになるほどの狭い道だった。そのため、島と水沼、上浦と宮本というペアで自転車を走らせながら、あまり話しはできなかったが、前後ろでも声は聞こえるので、予想問題を互いに出し合いながら、進んだ。 磯山地区への分かれ道のところでしばらく止まって、問題の出し合いを続けてから、別れた。
次の日曜日は試験前日だったので、塾はあったが、終わってから遊ぶ時間はなく、それでも上浦は帰り際に、島と水沼に、
「またうち来る?」 と冗談ぽく尋ねた。 
「ほら、ラブコールかかってるよ、カズちゃん。」 
と水沼が冷やかしたが、彼女は反論しなかった。
「ありがとう。今度また行かせてもらうよ。」 
と島がいうと、
「あさって、試験終わってから、ミヤとそっち行っていい?」
「え? うん、いいよ。」 
島はこの前彼女が島の家に来たいと言っていたことを思い出した。 
ほんとうに来るとは思わなかったので少し面食らっていると、
「おい、何のこと? 僕はのけ者かいな」 
水沼は事情を知らずにいた。別れてから、説明して、
「もちろん、洋ちゃんも付き合ってよ。 宮本も来ることだし。」
水沼は、君ら、そこまで進んでるんなら、はやく二人でデートするところまで行け、というようなことを言った。島は、ほんとうは何も進んでないようにも思えた。 
次の日から、月曜日に、3科目、火曜日に2科目の試験があって、島のできはまずまずだった。英語、数学はまず満点だが、国語がちょっと自信なかった。いつもB組の神坂には、国語の差で負けている。
火曜日の試験が2時間で終わると、約束していたように、4人はいっしょに帰りながら、分かれ道のところで12時近くまで、試験問題についてあれこれ出来を話した。
それから、いったん家に帰って昼食を食べてから、昼過ぎに美杉の小学校のところで待ち合わせして、島の家に向かった。
美杉の小学校から島の家までは2Kmくらいはある。家につくと、庭で、祖父が田んぼから帰ってきて用事をしていた。
上浦も宮本も「こんにちは」 と挨拶をした。祖父はいらっしゃい、といって、島に、冷たいものでも出すようにいった。
「ふ~ん、庭が広い」 
宮本が言った。庭には大きな椿の木もあり、ユスラや、ナンテンの木も植えてあった。
「もみやマメをひろげて干すから、この辺はどこもこんなもんよ」
 島が説明した。
「中入ってみる? つくりがすごいよ、この家は」 
と水沼。上浦も宮本もついて入ってきた。天井には、曲がりくねった大木がそのまままるごと骨組みに使われ、釘などはいっさい使っていない。明治初期の農家のわらぶき屋根がそのまま残っている。下がいろりのつくりになっているので、天井は上まで突き抜けで、柱などの骨格もすべて見えているのだ。
彼女たちは感心するように見ていた。それから一度出て、縁側に回って、腰をかけさせ、島が冷たいジュースを運んできた。
「ありがとう」 
といって飲みながら、 上浦が、
「ここで日向ぼっこをしてると気持ちよさそう」
と言う。 
「ウラは、おばあちゃんじゃな」 
宮本がからかった。上浦はそれは気に止めないで、そのまま仰向けに寝転んでしまった。
「もう、子供なんだから」 
宮本は呆れたように言った。
島はその様子をかわいいと思った。それから、島が案内して、家の後ろの山に4人で入っていった。ドーナツ山と島たちが呼んでいる、山の中腹に、ドーナツ状に木がない部分がある。小学生のころの島らの遊び場で、今でも近所の子や弟たちはよく行って遊んでいるところだ。途中に水源地があった。その横には大きな石碑。なんでも島一族の古い先祖で、地元の有力者だったらしい。
 その石碑から奥が墓地になっている。 そこを抜けてまだ上にいくと、比較的真っ直ぐな歩き易い道に出る。大昔の山陽道の裏道だと父から聞いていた。 その道をしばらく歩いて、途中から上に登っていくと、人一人が屈みながら通れるかどうかというケモノ道になっている。
「ちょっと気をつけてよ、スカートとか、ひっかけないように」 
島はゆっくりと進んだ。道は手入れしていないようで、落ち葉だらけであり、ちょっと油断するとすべりそうだった。また道縁の木の枝が張り出してきていて、前を遮っている。
「ほんとに探検ねえ」
宮本が言った。
「女の子もこういうところに来て遊ぶの?」 
上浦が尋ねた。
「う~ん、たまに。でもほとんど男子かな、ここまで来るのは。」
「洋ちゃんは?」 
宮本が聞いた。
「たまには来たけど、僕はここからは離れているから。」
その道をしばらくいくと、広い原っぱのようなところに出る。原っぱといってもすすきなどの背の高い草で茫々である。
そこがドーナツの部分だった。島らが遊んでいたガラクタがまだ置いてある。弟たちが今でも使っているのだ。丘のように盛り上がっているところもあるし、洞窟のようになっているところもある。 水溜りもあるし、いろんな草、花、木の枝、――それに家から持ってきて置いてある使い古しのバケツや、スコップやら、ホースやらを加えると、なんでも出来た。ミミズ、トンボ、かまきり、かみきりむしなどを捕まえることもできた。どんなりっぱなカミキリムシをつかまえるかが川辺たちとの競争だった。
川辺たちのところは平地だったが、川沿いの木にカミキリムシがたくさんいた。島もそこで遊んだこともあった。この山の上にはそこほどはカミキリムシはいなかったが、かぶとムシの幼虫などは良く見つけた。ただ、成虫のカブトムシはほとんど見つからなかったが。
 島は持ってきた昆虫採集の網で、トンボを捕まえた。 歌に出てくるような赤いやつだ。手で羽を持つと網から出して上浦たちに見せた。もう片方の手の指に足を捕まらせてから、羽を離すと、トンボはそれでもしばらくはじっとしていた。
「あれ? 逃げないね」 
上浦が不思議そうに言いながら、捕まえようとすると、直前に羽ばたいて飛んでいった。
「あ~あ、ウラ」
と宮本が残念がった。
「殺気を感じたんじゃない?ウラちゃんの」 
と島がからかうと、上浦は島を叩くまねをして、網を島から取り上げて、
「私が捕まえる」 
と、立ち上がった。 先ほどのトンボの他にも2~3匹飛んでいたが、それを追いかけまわした。
「もう、ウラは、ほんと子供じゃな」
 宮本が呆れるように言った。
「カズオくん、本気でウラのこと好きなん?」
「え? ―― 洋ちゃん、しゃべったな。」
島は水沼を睨んだ。
「え、ああ、ごめんごめん。」
「私が洋平君に白状させたんよ、責めんといてあげて。」
と宮本が弁護した。
「もう! 言わんといてよ。ウラちゃんには。」 
「わかってるって。 ウラもカズオ君のことは前から好きだから、心配ないって。」 
宮本はきっぱりと言った。
「―――」
「親友の私が言ってるんだから、安心したら。」
「はい」
好きといってもどこまで好きかということもあるし半信半疑だった。
しかし、嬉しいことには違いなかった。
「ちょっとカズちゃん、手伝ってよ」
上浦が呼んでいた。島は彼女のほうに向かって行きながら、
「そこ、足もとあぶないよ」
「留ってるところを狙ったほうがいいよ」
とか、いいながら、上浦のもっている網をいっしょに持って、ススキに留っているトンボに狙いを絞った。
小声で合図して、上浦がさっと網をかぶせると、網に入った。
「やった!」 
と上浦が、網からトンボを捕まえようとした瞬間に逃げてしまった。
それで、島は少し離れたところまでいって、網なしで、別のトンボをさっと素手で捕まえてきた。
「すごっ」
上浦は感心したようにトンボを見た。別に傷ついてはなかった。島はゆっくりトンボをつかみ直して、上浦に手渡した。
「ほんとに、赤いね。」 
それから、島がやったように、上浦は自分の指先に留らせた。
「うわ、くすぐったい」 
彼女ははしゃいでいたが、羽を離すとさきほどとは違って、すぐに羽ばたいて飛んでいったので残念がった。
「やっぱり、殺気感じたんじゃな。」 
「こら!」
二人は水沼たちのところに戻ってきた。
「捕れたけど、逃がした。もう、残念。」 
と上浦が子供っぽく言うと、
「いやいや、仲のいいことで。」 
と水沼が冷やかした。それから、4人は山を降りて、もう一度島の家で、お茶を飲んでから、上浦と宮本は帰っていった。 
「じゃ僕も、帰るから」 
水沼も自転車を動かし出した。
「宮本に、どこまで話したの?」 
島は帰ろうとする彼に聞いた。
「どこまでって、そんなにしゃべってないって。ただ、カズが上浦を好きかどうかと聞かれたから、
 好きだ、間違いない、と答えただけだよ。」
「ふ~ん、夢のこととか、しゃべってない?」
「しゃべってないよ。 でも、カズ、はやくはっきりしたほうがいいんじゃない」
「う~ん」
「ま、どっちみち、宮本から伝わるけど」
それはそうだろうと島も思った。伝わったとしても今の状態が変るわけでもないように思った。たぶん、上浦も島が自分に恋していることぐらいは既に感ずいているだろう。それに気づいているから、宮本を通じて、水沼に島の気持ちを確認したのかもしれない、とも思った。
「洋ちゃんは、どうなん? 告白するつもり?それとももうしたの」
「僕は、まだまだこれからじゃな。 おまえらほど進んでないもん。 じっくりいくよ」
「ふ~ん」
それでその日は別れた。
次の日、上浦は島のところに来て
「きのうはありがとう。 いいとこだよね。 また行っていい?」
「うん、今度はまた、別のとこ案内するよ」
島が言うと、彼女は、にこりとして自分の席のほうに行った。



© Rakuten Group, Inc.